大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和48年(う)310号 判決 1974年4月02日

本籍

岩手県岩手郡玉山村大字藪川字外山五四番地の一

住居

同県盛岡市緑が丘四丁目七番三号

会社役員

伊藤東雄

昭和九年一〇月二六日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和四八年一〇月二五日盛岡地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人大沢三郎名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用して次のとおり判断する。

論旨は量刑不当をいうにあるが、本件脱税金額は一、五二九万余の多額に及び、その脱税率は七四%と高く、脱税の方法は、大口売上先と通謀し金額を減じた虚偽の土地売買契約書を作成して売上を一部除外する一方、仕入先と通謀して仕入経費の一部を除外するなど計画的で、本件犯行による利益は無記名あるいは架空名義の定期預金にするなどの不正な方法で所得を秘匿し、その犯情悪質であつて、取引先の要望により虚偽の契約書を作成した事情があるにせよ、納税義務を無視した本件刑責は軽視できず、しかも地価暴騰の折、土地売買による多額の利益を得た不動産業者の脱税事件であれば、その社会的非難も一層強いものというべく、所論指摘の法人税の残部および重加算税の納付済などの被告人に有利な情状を十分に考慮しても、本件は罰金刑相当の事案ではなく、原判決程度の量刑はやむをえないところで、不当に重きに過ぎるものとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

検察官 石川惣太郎出席

(裁判長裁判官 恒次重義 裁判官 清水次郎 裁判官 渡辺公雄)

右は謄本である(ただし引用した控訴趣意書記載部分を除く)

昭和四九年四月八日

前同庁

裁判所書記官 池田初太郎

昭和四八年(ラ)第三一〇号

控訴趣意書

被告人 伊藤東雄

右の者に対する法人税法違反被告事件について、控訴趣意は次のとおりである。

昭和四九年一月八日

弁護人 大沢三郎

仙台高等裁判所第二刑事部 御中

被告人は盛岡地方裁判所において懲役六月、執行猶予二年の判決宣告をうけたが、右刑は過重であり罰金刑に処するのが相当と思料する。

一、犯行の動機

(一) 被告人が代表取締役となつて統括支配している東土地開発有限会社は、昭和四四年六月設立発足したが、資本が僅か三〇〇万円で本件犯行当時までは日なお浅く営業実績も少なくて蓋積がなく資金基盤が薄弱で土地の購入資金の円滑な調達ができない状態であつた。

昭和四六年一一月右会社は土地を岩崎善吉に売るという大口取引をしたが、その土地の購入に際しては一応高利の金融に頼らざるを得ず、高利資金を使つたものの、その利息が企業経営を圧迫するおそれもあり、被告人としてはその高利の金から脱して自己資金によることができるよう速かに会社の自己資金の充実を図らなければならないと痛感していた。

(二) ところで岩崎との大口取引において、その利益が急増したが、被告人はそれに課せられる税金も累進率によつて膨大となり、その負担支出が却つて会社の経営資金の枯渇を招くものと推測し、それを避けたいという衝動にかられた。

(三) 被告人は、仕入価格を実価よりも圧縮して確定申告の基礎としたが、それは売手中心の不動産取引の市場において、売買を成立せしめるためには、売主の不動産譲渡所得に課せられる税負担を慮かつて仕入価格を一部減縮除外して取引する風潮があり、被告人としても当該取引の取纒め並びに取引を拡大するためこれを是認することが得策と軽信して、売主の申入れによりもしくはその意図を察してしたものである

(四) 会社が岩崎となした取引の物件は多くの人達の共有地でその売買契約に際しては多くの人々の協力援助に負うところがあつて、被告人はその人々に対し謝礼を提供したが、それを表面に出せはその人達に迷惑が及ぶかもしれない危し、それを除外したいと考える反面、仕入価格、販売価格の一部を除外することにした。

以上、被告人に会社の業績の飛躍的な膨張、継続的進展のため、その資金的充実を急速に図ろうとして焦燥感に襲われ、納税義務の履践の厳格さを自覚するゆとりのない儘猛進したことにより本件犯行をなしたものである。

二、犯行後の処置

(一) 被告人は、査察をうけた後修正申告書を提出し、法人税の残部および重加算税を納付して、改悛の情を顕著にあらわしている。

(二) 本件犯行は会社の帳簿記載、経理業務に欠陥あることもその遠因の一つとみられていたところ、被告人は該方面に人員を配して体制を整えその業務に遺漏なきことを期している。

してみれば、被告人が会社代表者として本件のような事犯をひきおこすことはもはや考えられない。

三、一般情状

被告人は学校、神宮等に寄付をして企業利益の一部を社会に還元し、私利私慾に支配される人柄ではないことを示している。

四、以上の諸点を総合すれば、被告人を罰金刑に処するのが相当であると思われる。

右謄本は

昭和四九年一月九日

検察庁に送付

裁判所書記官

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例